寺山修司 『レミング 世界の涯まで連れてって』1979年

『レミング 世界の涯まで連れてって』
寺山修司の遺作だ。

1979年 上演された演劇で・・・観客に挑発的な演劇だった。(『レミング』の初演だったそうだ。)
ーただ見ているだけを許さない。ー
観劇前に新聞で劇評を見たらそう書いてあった。


私は寺山修司が亡くなる半年くらい前の上演にたまたま行った。
東京の晴海にあった見本市会場近くの国際貿易センターが上演場所。東銀座から大分歩いたような気がする。開場前は賑わっていた。私も友人たちとガヤガヤ話していたら…受付の女の子の脇に座っている元気そうな寺山修司を見たのだが誰も気づかない。不思議で…「寺山修司がいるよ。」と友達に言っていたらスッといなくなった。

臆病なものだからなんとなく不安だった。
俳優が上演中話しかけてくるそうなのだ。


観客は最初 割合こじんまりとした劇場に案内される。椅子はなく床にそのまま座る。
実際、演劇が始まって しばらくは 主人公 『王』 という料理人が半裸で大きな中華鍋の中に膝を抱えて独白していた。
舞台装置が展開して最初の壁が消える。
バラバラと十数人が舞台下に降りてきた。たまたま狙われた人に一方的に自分の身の上話?相談?その内容はよく解らないけれど話しかけていた。私の友人は話しかけられ膝を抱えてすっかり固くなって下を向いていた。十数人の話し声が一方的に聞こえてくる。新聞の評論通りちょっと怖い演劇だと思った。

寺山修司は 『壁の消失』というテーマで 演劇という言葉と動きが媒体のものを 舞台と観客に分けないで 体感させてくれたような感じだった。


根無し草のようなサーカス小屋を模したような劇場を持つ(私は行ったことはないのだが新宿にあった。)『天井桟敷』の主催者だった 寺山修司は、東京のあらゆる壁を消失させることを表現するために わざわざ 晴海の倉庫で上演していた。

その通り 話が展開するたびに 音楽が鳴り歌が歌われ 内側から壁が取り払われていった。
次から次へと 場面が展開するたび 観客の周りは広くなって来る。そして暗く舞台照明の明るさしか無かったところに少しづつ外の光が入ってくる。
午後から始まった演劇は
夕方に差し掛かって 外光が入る頃は 夕日だった。
そして最後は舞台しかなくなり登場人物も消えて終わる。

終わった後 観客はガランとした夕日の入る大空間に残された。

今にして思えば、なんだか 作品の前にいるだけではなくて 作品の内側に入る
この前 庭園美術館で体験したような ボルタンスキーのインスタレーション みたいだった。
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38年前の 挑戦的なインスタレーションだったのか。大規模な演劇だけれど。

レミングは ネズミの一種で 突然集団で海などに入って行く習性があるようだ。『ハーメルンの笛吹』という物語に出てくるネズミのようだ。

38年前の 観客は レミングだったのか?だとしたら いろんな壁が消失して…という状況を警告したのだろうか。

しかしあの時は、夕日の入る大空間が美しかった。


画像お借りしてます。
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1982年版 ラストのセリフ

壁なんて あんたの心の中だよ
出口がないなんて怖がっちゃいけないよ
壁なんてのは あんた方の心の中にあるんだよ
出口なんてね 出口なんてな
結局 最初っからあんたがたには無かったんだよ!





訂正: 寺山修司さんは1979年から4年後の1983年に亡くなられました。
丁度 私が大学に入った年に観劇して 卒業する年に鬼籍に入られました。
なんだか 早いなぁーと驚いたのを思い出します。
どういう勘違いなのか。
4年も誤差があり
すみません。m(_ _)m




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Commented by tarukosatoko at 2017-03-01 18:10
寺山修司という特別な人、実物に会ったというのは、すごいと思います。題名は忘れましたが、モノクロの語りが中心の映画をみたり、本はいろいろ読みました。
見ている人が作品のなかに入るような演劇、すごいなあ!1980年代には、演劇をいろいろ見ましたが、寺山修司に比べれば、普通の演劇でしたよ。
Commented by mo8_a29 at 2017-03-01 18:33
> tarukosatokoさん
あんまり知らなかったんですが・・・ 当時。同級生がボランティアで『天井桟敷』のお手伝いしてたんですよ。それで「チケットとってあげる。」ということで 好奇心半分で観ました。寺山修司って有名だったし、『田園に死す』とか ちょっと話題の映画撮ったりしているし。まるでミーハーな動機。。。考えてみれば 寺山修司は70年代に 市街劇などという杉並区の人たちを驚かすようなちょっと迷惑な パフオーマンスもしているんですよ。
Commented by j-suguita at 2017-03-02 00:32
「壁があるから出口がある。出口を探す。壁がなければ出口も(そもそも)ない」
…という事なのかしら??深いねーー。
> ボランティアで『天井桟敷』のお手伝いしてた
ワテも金目当てのバイトばかりせず、有意義な人たちに会えるボランティアとか若い時にやれば良かったなー。

しかし、良いなmoグさん、20代の時にこんな面白そうな演劇観る経験して。しかし、ワテもmoグさんにぶら下がって演劇経験少しだけあるんだっけ。あらためて感謝!
Commented by mo8_a29 at 2017-03-02 07:16
> j-suguitaさん
しかしさ~私も~別にあってもなくても観ても観なくても~という経験なんだがね
偶然 遭遇することがあったのだ。70~80年代はアングラ演劇が全盛だったから 深い考え無くても観たいなぁと思うといろいろ観ることが出来たよね。
挑発的で怖いんだけどね。なんか~俳優はもともと不良の子だったりしてね。引きこもる体質の私には良い経験だったよ。
codyさんと 赤テント 観に行かなかったかな?
by mo8_a29 | 2017-02-27 18:08 | 日記だけど演劇 | Trackback | Comments(4)

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