蚕糸試験場

蚕糸は『さんし』と読む。

1979年に、女子美術大学というところに通っていたのだけれど当時大学はこの杉並区にしかなかった。
今は相模原にあるけれど。現在ここは短大と付属高校だけ残っている。

東京メトロ丸ノ内線の東高円寺というところで降りて地上に上がる。
すぐ重々しいレンガ造りの門があって『蚕糸試験場』と書いてあった。
私は気になってこの『蚕糸』の漢字も読めないし・・・e0291281_1131560.jpg

ある日近くにいた友達に「蚕糸試験場に行かない?」ということにして彼女も乗ってくれたので
別にアポイントも無いけれど守衛さんに頼んで中に入れてもらった。「あまり自由に歩いちゃいけないけど事務所なら行ってもいいよ。」とのことだった。
農水省管轄の養蚕を研究する場所だった。
門のすぐ右に守衛さんの常駐する建物 その先の奥に木造の3階建ての寮があった。古めかしくて黒っぽくて迫力があった。(お化け屋敷?)
すれ違う人も白衣を着た研究者風の男性しかいなかった。みんないぶかしげに見ていくし。
建物には放射能を扱う『放射能マーク』があったりした。
それでも訪問者用に見学する場所はあって昔の小学校みたいな木造モルタルの2階に上がっていくとラフな庶民的な中年の女性が待って居てくれた。
結構歓迎してくれた。主に桑を育てたり蚕を育てたりという農家みたいな研究していた。いろんな蚕について話してくれたと思うけれど忘れてしまった。

ひとつだけ覚えているのは蚕の原種『天蚕(てんさん)』の話。
普通は滑らかな艶の良い糸をとるため改良を重ねた成長しても飛べない蛾の繭から糸をとるそうなのだが、
原種はもっと大きくてしっかりと飛べる成虫の蛾
この蚕の繭からとれる糸は太くて艶はあるけれどまるで麻みたいなサラッとした手触りで夏の衣料に適していてとても素晴らしいと言っていた。当時日本では天蚕農家は少なく「この織物の着物を嫁入りに持って行くといいよ。」と言われた。友達と「へえ~~~」とても手に入るような物ではないが絹は結構なお宝なんだと改めて思った。

最後に「この試験場も来年にはつくば学園都市に移転しちゃうんですよ。」と聞いてちょっとがっかりしていた。
友達に「K塚と一緒にいると変わったところに連れて行ってくれるんだから。」と言われたけどこれは感謝されたのだろうか?

1980年に
その通り杉並の蚕糸試験場は閉鎖されてしまった。

生糸の製糸業は明治・大正・昭和中期くらいまで日本の主要な産業だった。優秀な原産種を配布するために1911年(明治44年)に『農商総省原産種製造所』という名前で創設されたそうだ。『蚕糸試験場』の名前は昭和12年からだ。
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今は門と守衛棟を残して公園と小学校になっている。
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by mo8_a29 | 2013-08-26 11:45 | 建築 | Trackback | Comments(0)

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