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ジョン・カリーという選手は (備忘録)

ジョン・カリーは
1949年イギリスのバーミンガムで生まれた人で
1976年インスブルック五輪の男子フィギュアスケートで金メダルを取っています。
その年の世界選手権でも金メダルを取っています。
1994年イギリスのビントンで亡くなりました。44歳 (wikiより)

とても 遺された動画を見ると
表現派な選手だったと思います。
これは・・・穿った見方かもしれませんが・・・インスブルック五輪対策なのでしょうか。五輪前に一端アメリカに渡り
カルロ・ロッシというコーチに師事します。

カルロ・ロッシ(イタリア人)は1960年の飛行機事故で(wikiで『サベナ航空58便墜落事故』に詳細があります)一旦沈んでしまったアメリカのフィギュア・スケート界を立て直した功績のある人です。
(町田樹の『火の鳥』以降の振付師フィリップ・ミルズをフィギュア界に呼んだ人でもあります。)

そういう人が
ジョン・カリーというスケーターのコーチでした。
そして ジャンプなど(おそらく当時のレベルの最高の)技を磨いてからオリンピックと世界選手権に臨んだのではと思われます。推測です。

しかしオリンピックと世界選手権で金メダルを取った後の翌年
ジョン・カリーはあっさり引退してプロスケーターに転向しました。

その4年後 1980年
こんな映像を残しています。
e0291281_11444955.jpg

コンパルソリーから始まる 『After All』
斜め上からの目線でスケーティングがよく見えます。

リンクは舞台上くらいの大きさでしょうか。
表現以外のジャンプもとくに無し。
全て ステップなどのスケーティング技術で見せています。

しかも バロック音楽
バッハの『トランペット・コンチェルト(協奏曲)』 
というクラシック音楽

コチラ↓動画主さんが "Mesmeric!"と言っています。「魅力的な!」かな?冒頭のコンパルソリーが美しいと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=SXJqsoFwUic&feature=youtu.be



ョン・カリーさんは TV番組でご自分の番組をもっていたらしいです。
だから 競技じゃない表現のフィギュア・スケートを・・・あるいはジョン・カリーさんのスケーティングをとても好きな・・・愛している(^.^)人達がいたのだと思います。


PS

1991年から規定(コンパルソリー)演技が種目から外れ 観る機会が無くなってしまいました。私が子どもの時、NHKで規定演技も静かに(無音でスケートの音と解説のみ)放送されていました。カメラワークは真上とか斜め上…母と一緒に見ていたら
母が「つまんないわねぇ~。」なんてチャンネル変えていました。しかし私は変わった子どもで結構おもしろかった………(;_:)




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Commented by j-suguita at 2015-07-28 18:48
へ〜 ジョン・カリーさんという選手が。
moグさんは昔からフィギュアファンだったんだ。
44歳で亡くなってるとは、無念だったろうね。。
優雅で美しいブレードの軌跡だ。
しかし、ワテらが子供の頃にトップ選手18人が亡くなる飛行機事故があったとは!!恐ろしい。。
フィギュア界を空から見守ってくれてる…と思いたいね。
Commented by mo8_a29 at 2015-07-28 19:43
いんや~76年ごろは ジョン・カリーさん知らなかったよ。NHKはオリンピックフィギュアを放送してはくれていただろうか??もっと後札幌から放送が始まった。だから、これもツイッターでどなたかがジョン・カリーさんの動画を呟いていてたまたま観れた。
しかし…飛行機事故でアメリカのフィギュア界10年も不遇だったって。だから カルロ・ファッシが招へいされたって。
運命だよね。
Commented by mo8_a29 at 2015-07-28 19:46
あれ?札幌の方が前か。だけど知らなかった。チャンネル権父だったから。
by mo8_a29 | 2015-07-28 11:38 | ジョン・カリー | Trackback | Comments(3)

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