夏休み…小学生くらいまで…はとても手がかかる。
2016年 07月 25日
小さい子どもがいる時の 自分は…
まあ 専業主婦だった。
女の子と2歳下の男の子。
そんなに 裕福じゃないから とにかく子どもを育てることしか考えてなかった。(単純なのかもね)
母が「子どもらを 退屈させないのって大変だよね。」なんて同情してくれて
実家で広いビニールプールを作って遊ばせてくれたり
デパートに一緒に行ったり(自分の楽しみと 屋上で遊ばせることも出来る。)
母には 感謝している。
ある時 母が 夏休みじゃない時 「あんたは、なんにも出来ないで可哀想だから これで何か習ったりすればいいよ。」と
いくらかのお金をくれた。よっぽど貧乏そうで可哀想にみえたのかな~~^^;「ええっ?!いいの?!」とありがたく好意を受け
近くの ユザワヤでの1日講習会で
『裂織』の体験をした。
今だに その時作った テーブルセンターは玄関を飾ったりしている。
やっぱり
子供達の普段…小学校に行っている時間を利用してだった。
これも オアシスか!?
裂織は続いていない。
もともと織物がしたかったのだ。
なんか ハッとした。そういえばそういう自分がいたんだ~~と。
そこで、私の人生は!なんてならないところが自分なんだけど。
その日は
何食わぬ顔で家に帰って 「おかえり!」と言えた。
専業主婦だったから 子ども中心だったわけだけど。(何度も言うが…)
もし少しハイソサだったならば 御茶会に行って有意義な話ができたり 興味のある習い事をして自分を磨いたり エステに行ってキレイになったり
という選択もあった。
きっとそういうことが出来たならば
私の性格では_子どもに対して 真摯じゃなかったかもしれない。
某ブログで… 子どもが「夏休みでやっとお母さんと遊べると思ったけれど、お母さんは悲しそうな顔をする。」ということを書いているSNSを見たというのがあった。
子どもが「お母さんと遊べる!」と思ってくれる時間は少ないので
本当はそういう時期を大切にしてあげると 良いと思うのだが。
私は 一緒に遊ぶつもりはなかったけれど 一緒にいて…もしかして 夏休みに子どもに遊んでもらったんじゃないだろうかなんて 思う。
子どもといると退屈だという人もいるんだけど、
それこそ子どもを退屈させないのは大変だから退屈しない。
そういう時も 無駄な時間ではないと思う。
じーん、としながら読みました。
同じだなあ…、と思ったのは、裕福でなくて子供を育てることしか考えていなかったというところです。母がみかねて、なんか好きなことしたら、と、お金をくれたところも。
けっこう、ぼろぼろで、座るとすぐに寝てしまうような感じでしたが、ぼろぼろになるくらいすることがあることは、幸せなことだとどこかで思っていました。
優雅な人をうらやましく思ったりもしましたが、そんな気持ちを味わったことも、人生のいろどりなのかもしれないと、今は、少し思いますよ。
いやぁ~~ まあ 集合住宅で・・・そういう人ばっかり。小さい子だらけでした。 行くところはプールとか大きいアスレチック公園とか。あと子供会活動とか地域のお祭り役員とか幼稚園や小学校の役員活動。こんなことばかりで 嫌になるといえばそうなんだけど どれも子どもがいい気分で遊べるしね~位な感じで忙しくしてました。優雅な環境じゃないのですよ。今、SNSとか見て、どこかの優雅な母さんのお子さんが嘆いているらしくて そんなものなのかなと思ったんですよ。それはそれで子どもにとっては悲しい。リア充という言葉、子どもが出来ると意味合いが変わってくるということを感じていて(ちょっと遅い結婚だったからでしょう。)ガラッと生活を変えただけでした。
同じ子供がいても、ネイルしていたり、海外旅行していたり、高級な暮らしをする人をみて、複雑な思いにかられましたが、そう、単純なものではないのですね。
どんな状態であるにせよ、子供が一番大事だっていう思いはあります。今でも。ブログを読ませてもらい、あらためて、思いました。
なにか共感していただき ありがとうございます!同じ環境だったことをこんな風に行っていただくことも…まず無いことだから 私にとってうれしい次第です!
よかったわ~~tarukosatokoさんによんでもらって!
(#^^#)